1980年代に、スパイ防止法が国会に提出・審議された時、左派的なマスメディアや文化人は「言論の自由が死ぬ」「軍国主義の時代に戻ってしまう」などと言って、スパイ防止法批判を繰り広げた。
将来、もし再びスパイ防止法が国会に提出されたら、80年代と同じような、もしくは特定秘密保護法が審議されている時と同じような論調の批判が噴出するであろう。スパイ防止法制定賛成派は、それに対処・対応していかなければならない。そこで今からは、予想される批判の言葉を紹介し、それに対する反論を記していきたい。
Q. スパイなんて、ほとんどいないんじゃないの?
A. このような批判は、80年代にもありました。「日本スパイ天国論の幻」というやつですね。驚くべきことに、当時、防衛庁の元幹部も、スパイ天国論の幻説に立っていました。
丸山昴(元防衛庁事務次官)は「日本ではスパイが大いに暗躍しているのか」との質問に対し「現実に(スパイが)ウロウロしている状態ではないだろうと思うんですがね」と述べています。さらに「防衛庁に在任時、防衛庁の秘密が漏れたと思われたことはありましたか」との問いに対しては「それはありません」と自信を持って答えています。
前田寿夫(元防衛研修所第一研究室長)も「わが国をスパイ天国などという人がいます。誰がそんなことを言っているかというと、米国政府、米軍関係者、およびその尻馬に乗る日本人です」とスパイ天国論を批判しているのです。
これらの意見に、筆者は「何を呑気なことを」とため息が出てしまいます。
戦後日本で発覚したスパイ事件は数多くありますし、発覚しなかったものもあるでしょう(詳しくは『新聞・雑誌にみる戦後スパイ事件のすべて』参照)。丸山氏は、在任中の秘密漏洩はなかったと胸を張りますが、普通、自分の「在任中に秘密がダダ洩れでした」とは言わないでしょう。
また前田氏は、スパイ天国論を唱えているのは、米国関係者と述べていますが、以前紹介したソ連のスパイ・レフチェンコも、日本は情報が盗りやすい国と語っています。彼は、日本の防諜機関に監視される心配もほとんどありませんでしたと述べています。日本側は、外国のスパイの存在に気付いていなかった可能性もあるのです。
スパイ天国とは、スパイが多いか少ないかではなく、その国に豊富な重要情報があり、かつスパイが捕まりにくく、捕まっても重刑を科されないことを言います。スパイ行為を取り締まる法律がない日本はまさに「スパイ天国」なのです。
百歩譲って、批判派が言うように、今の日本に外国のスパイがいないとしましょう。しかし、今後いつ入り込まれ、貴重な情報を盗まれるか分かりません。そうなってから「スパイ防止法を作ろう」では遅いのです。地震や津波などの災害はいつ来るか分かりませんから、前もって備えるでしょう。スパイ防止法制定も災害対策と同じなのです。敗戦後の日本人は、安全保障や防諜問題には、関心が薄く、後手に回りやすいところがあります。そろそろ「体質改善」が必要ではないでしょうか。
(つづく)
濱田 浩一郎(はまだ こういちろう)
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。
歴史学者、作家、評論家。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員・姫路日ノ本短期大学講師・姫路獨協大学講師を歴任。
現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し迫り、解決策を提示する新進気鋭の研究者。
著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『日本史に学ぶリストラ回避術』(北辰堂出版)、『日本人のための安全保障入門』(三恵社)、『歴史は人生を教えてくれる―15歳の君へ』(桜の花出版)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『超訳 橋下徹の言葉』(日新報道)、『教科書には載っていない 大日本帝国の情報戦』(彩図社)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)、『靖献遺言』(晋遊舎)、『超訳言志四録』(すばる舎)、本居宣長『うひ山ぶみ』(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ16、致知出版社)、『龍馬を斬った男 今井信郎伝』(アルファベータブックス)、『勝海舟×西郷隆盛 明治維新を成し遂げた男の矜持』(青月社)、共著『兵庫県の不思議事典』(新人物往来社)、『赤松一族 八人の素顔』(神戸新聞総合出版センター)、『人物で読む太平洋戦争』『大正クロニクル』(世界文化社)、『図説源平合戦のすべてがわかる本』(洋泉社)、『源平合戦「3D立体」地図』『TPPでどうなる? あなたの生活と仕事』『現代日本を操った黒幕たち』(以上、宝島社)、『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック軍師官兵衛』(NHK出版)ほか多数。
監修・時代考証・シナリオ監修協力に『戦国武将のリストラ逆転物語』(エクスナレッジ)、小説『僕とあいつの関ヶ原』『俺とおまえの夏の陣』(以上、東京書籍)、『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』全15巻(角川書店)。