なぜ新・スパイ防止法が必要なのか?
その二つ目の理由は、北朝鮮による工作活動や拉致事件とも関連します。北朝鮮がスパイや工作員を日本に潜入させ、日本人を拉致したり、情報収集を行ってきたことは、周知のことです。
北朝鮮のスパイがどのような活動をしていたのか? それを防ぐには、どうすれば良いのかはいずれ述べていきますが、ここではまず拉致事件について概観しておきましょう。
「アべック3組 ナゾの蒸発 外国情報機関が関与?」
1980年1月7日、産経新聞の1面トップに不穏な記事が掲載されます。78年7月から8月にかけて、福井(地村保志さん、濱本富貴恵さん)、新潟(蓮池薫さん、奥土祐木子さん)、鹿児島(市川修一さん、増元るみ子さん)で男女2人連れが突然失踪した事件に、外国の情報機関が関与しているのではと産経新聞が報じたのです。これが、マスメディアが拉致事件を報じた最初でした。
同年3月には、公明党の和泉照雄・参議院議員が同院決算委員会において、アベック失踪事件について質問しますが、この時はまだ「北朝鮮」という具体的な国名は挙がっていませんでした。
88年3月になって、やっと当時の国家公安委員会委員長の梶山静六が、参院予算委において、日本共産党の橋本敦の質問に対し、一連のアベック失踪が「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と答弁したのです。これが、北朝鮮による日本人拉致を日本政府が認めた最初の公式答弁でした。
しかし、時は既に遅し。産経新聞による報道があってから約8年が経過し、それまでにも原敕晁さん(80年6月頃拉致)、有本恵子さん(83年7月頃拉致)、松木薫さん(80年拉致)、石岡亨さん(80年拉致)が北朝鮮の工作員によって拉致されていったのです。
もちろん、産経新聞が報じるまでにも久米裕さん(77年9月頃拉致)、松本京子さん(77年10月頃拉致)、横田めぐみさん(77年11月拉致)、田口八重子さん(78年6月頃拉致)、田中実さん(78年6月頃拉致)、曽我ひとみさんとその母・ミヨシさん(78年8月拉致)が拉致されています。その他にも、北朝鮮に拉致された疑いが排除できない特定失踪者は、諸説ありますが、少なくとも約300人はおられます。
失踪者公開リスト(特定失踪者問題調査会HP)によると、古くは1948年の平本和丸さんから始まり、近年では2003年の高見到さんとなっており、90年代そして2000年代の事案も多数掲載されています(拉致濃厚とされたのは約80人)。失踪地は、北は北海道から南は九州まで、非常に幅広いものです。
拉致事件そして特定失踪者問題を考えれば考えるほど、スパイ・工作員に対する日本国の無防備さ、甘さが際立ってきます。「もっと早くに政府が対応していれば」と無念の想いを禁じ得ません。
(つづく)
濱田 浩一郎(はまだ こういちろう)
1983年生まれ、兵庫県相生市出身。
歴史学者、作家、評論家。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員・姫路日ノ本短期大学講師・姫路獨協大学講師を歴任。
現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し迫り、解決策を提示する新進気鋭の研究者。
著書に『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『日本史に学ぶリストラ回避術』(北辰堂出版)、『日本人のための安全保障入門』(三恵社)、『歴史は人生を教えてくれる―15歳の君へ』(桜の花出版)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『日本人はこうして戦争をしてきた』(青林堂)、『超訳 橋下徹の言葉』(日新報道)、『教科書には載っていない 大日本帝国の情報戦』(彩図社)、『昔とはここまで違う!歴史教科書の新常識』(彩図社)、『靖献遺言』(晋遊舎)、『超訳言志四録』(すばる舎)、本居宣長『うひ山ぶみ』(いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ16、致知出版社)、『龍馬を斬った男 今井信郎伝』(アルファベータブックス)、『勝海舟×西郷隆盛 明治維新を成し遂げた男の矜持』(青月社)、共著『兵庫県の不思議事典』(新人物往来社)、『赤松一族 八人の素顔』(神戸新聞総合出版センター)、『人物で読む太平洋戦争』『大正クロニクル』(世界文化社)、『図説源平合戦のすべてがわかる本』(洋泉社)、『源平合戦「3D立体」地図』『TPPでどうなる? あなたの生活と仕事』『現代日本を操った黒幕たち』(以上、宝島社)、『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック軍師官兵衛』(NHK出版)ほか多数。
監修・時代考証・シナリオ監修協力に『戦国武将のリストラ逆転物語』(エクスナレッジ)、小説『僕とあいつの関ヶ原』『俺とおまえの夏の陣』(以上、東京書籍)、『角川まんが学習シリーズ 日本の歴史』全15巻(角川書店)。